東の信濃国境から西の近江国境までの美濃国内の中山道には、落合(おちあい)宿・中津川(なかつがわ)宿・大井(おおい)宿・大久手(おおくて)(湫)宿・細久手(ほそくて)宿・御嶽(みたけ)(嵩)宿・伏見(ふしみ)宿・太田(おおた)宿・鵜沼(うぬま)宿・加納(かのう)宿・河渡(こうど)宿・美江寺(みえじ)宿・赤坂(あかさか)宿・垂井(たるい)宿・関ケ原(せきがわは)宿・今須(います)宿の16宿あり、このうち落合宿から鵜沼宿までを「東美濃9宿」、加納宿から今須宿までを「西美濃7宿」といい、総称して「美濃16宿」と呼ぶ。
 これら宿場は、慶長7年(1602)の中山道整備着手と同時に立宿されたものではなく、東美濃9宿では、慶長7年に御嶽(嵩)宿、同9年(1604)に大久手(湫)宿、同11年(1606)に細久手宿(立宿後に宿場が全焼し慶長15年再興)が設けられ、伏見宿はこれより遅れ元禄7年(1694)正式に立宿している(伏見宿については既に慶長7年6月の「御嶽宿駄賃定」=野呂文書=に御嶽宿より伏見までの駄賃徴収金額が定められており、慶長7年には立宿していた可能性が考えられる)。
 また西美濃7宿においても加納宿が寛永11年(1634)、美江寺宿が同14年(1637)というようにその立宿時期が異なっており、中山道69次(草津宿・大津宿を含む)となったのは、寛永年間(1624−43)のことであろうといわれている。