伏見八景 1/9 ページ  
     

 明治の末ごろから大正時代にかけ、各地に文芸的な動きが芽生えてきて、俳譜(はいかい)を楽しむ青年が多くいた。近江八景にちなんで、中村八景とか送木八景とかいうのがあったが、伏見八景もその一つや。

一 学校の桜

 昔の伏見小学校の運動場は今の半分ぐらいで、まん中辺から北側だけで、東・南・西の三方には七十本ぐらいの桜の木があった。特に南側の四十本のものは、運動場をひろげる工事のとき、切ってしまった。東からの校門の両側には大きい山桜が二本あって、ちょうど道の上へ枝がさし出して、花のトンネルのようやった。