孝行のほうび 2/9 ページ  
     

その時分(じぶん)は、日本中どこでも農村は同じことやが特に、百姓の暮らしは、今からでは、とても考えられんくらい、みじめで苦しかった。機械らしい物は何もないもんで、あらかたは人間の力だけで働かならん。苦労してやっととれた米の半分くらいは、年貢といって、お金をもらわんで、出さならん。今のように働きとうても、お金をとりに行く場所も仕事ものうて、わずかの土地にしがみついて生きとったんや。ほんの少しの地主の家の人達が安気なくらしをするだけで、その他の人は、どうやって腹いっぱい食っていけるかちゅうことが一番の問題やった。そんなときやったがこの家では、どうやら食っていくのに困るほどでもなかったらしい。