鬼の首塚 1/26 ページ  
     
 願興寺(お薬師様)の創建以来の歴史を書いたものはあったけれども、天仁元年(一一〇八年)武田信玄の軍がこの地方を攻略したとき、お寺の建物と一緒に焼けてしまったと言われている。
 今ある「大寺記」は享保十四年(一七二九年)に言い伝えられて来たことや、数々の記録をもとにして書かれた寺歴である。乾(けん)・坤(こん)二冊の大部のもので、その乾(けん)の部のやや終わりの所に、鬼退治のことが書かれている。
 これは文語体で難解なので、それをもとにし、「東濃鬼ヶ窟来由」を参考にし、口語体に書き改めたのが次のようなものである。